RSS | ATOM | SEARCH
名古屋 呼続3丁目付近の白毫寺(びゃくごうじ)

行きあたりバッタリというのか、とりあえず聞いたら行ってみようのノリで地元探検をしている。私の歴史教室の先生は学者ではなくて、郷土史を勉強し現地に行ってみる事を長くやってこられた大先輩。桜駅で教室のお仲間と別れ、私が一人で桜神明社に行くと言い出すと、先生は「東海通りの北に鎌倉街道がある。それは凄く細い道で、西に行くと、あいちの元になった白毫寺があるから行ってみなさい」と言われた。「よし分かった。東海通りの北にある、細い道をともかく西だね」そんな軽い気持ちで行ってみた。分からないなら分からないでも良いのだ。ちっぽけな冒険をする事が楽しいんだ。

古い道を古道というのかなと思っていたら、どうも古道と呼ぶ道と街道と呼ぶ道とがあるようだと帰宅してから読んだ本で分かった。

で、私が東海通りの北で見つけた細い道は、先生の言っていた鎌倉街道できっと古道とは呼ばないんだ。

西にあると教わった白毫寺に行く途中、鎌倉街道は南北に走る東海道と交差した。下の写真のように石柱がそれを教えてくれた。

 

こういう石柱は、すごくありがたい。自分の歩いている細い道は本当に鎌倉街道なのだろうか?と不安になりながら歩いていたから、正解が目の前に出てきて、ようやく「やったぜ」という気持ちになる。鎌倉街道は狭い、車1台分くらいだと思う。

この道を西へ西へと歩く。

 

この「年魚市潟」って何と読むか分かりますか?文字だけ見ると、「年中無休の魚市場がここにあったに違いない」と思えるのですが、この「年魚市潟」は「あゆち潟」と読むのだそうです。そうなんです、愛知県のあいちは、この「年中無休の魚市場」的な「年魚市=あゆち」から来たそうなんです。

お寺の境内

この碑はお寺の本堂の左側の植え込みを置くへズンズン行くと見つけることができます。この碑がここにある事は境内に特に案内はなかったと思う。なんというのか、そんな力の抜けた感じの場所です。

なんでもこの碑の後ろ側(西)は、崖のようになっているそうで、大昔、この場所から、呼続の浜やその向こうの海を望める事ができたそうで、こういう碑が建っているんだそうです。

「なごやの鎌倉街道をさがす」という本を帰宅してから開いてみて、色々な情報を遅ればせながら知ったのですが、まぁ素人の探検としては、目的の鎌倉街道は見つけたし、あゆち潟も分かったし、東海道も横切れたし、前知識は不十分だったけれど、探検として楽しかった、これでヨシ!そんな感じ。

 

 

author:1230fan, category:尾張, 22:38
comments(0), -
本笠寺駅付近 笠寺台地ふーらふら

歴史教室のお仲間と本笠寺駅に集まり、笠寺観音へ行った。笠寺観音と呼んでいるお寺はどうも本名は笠覆寺(りゅうふくじ)と言うそうだ。お寺の前の道は旧東海道らしい。

この日のメインは笠寺観音の後方の結構な坂を下り、そして小高い丘を上っていった公園内にある「見晴台考古資料館を訪ねる事」だった。この資料館は外観が結構古い。だから、あんまり人が来ない感じがしたが、やっぱりそうだった。その時は私たち一団以外に訪ねる人はいなかった。一団が突然訪ねていったので、学芸員のような方がわざわざ発掘された土器の説明をしてくれた。資料室がある、その見晴台公園は見晴台遺跡を公園にしたところで、弥生時代後期を中心とした環濠集落の遺跡だそうだ。建物の入口に下のような地図が立てかけてあった。

水色になっている所は大昔、低地帯と呼ばれる場所で海水が入っていた所だそうだ。赤い丸のついている所が見晴台公園。赤丸の左横、同じ高さにある青い丸が、さっきまで訪ねていた笠寺観音(笠覆寺)。この2つの丸の間に水色の箇所がありますよね。そうなんです。笠寺観音の後方にあった結構な下り坂は大昔、海水が入っていたと思われる低地帯で、そこを何にも知らずに私達は下りおり、今度は弥生時代の集落跡地に行くとは知らずに、丘の上の見晴台公園まで、ヨイショヨイショと坂を上っていった訳です。大昔、近くの鳴海は鳴海潟と呼ばれ、また近くの呼続(よびつぎ)の地は、呼続の浦とか呼続浜とか呼ばれていたそうです。この笠寺台地に暮らした弥生人は海が近いんで潮干狩り三昧だったろうなぁと思う。

甑(こしき)

甕(かめ)

室町時代の鍋

 

この日の発見としては、3つ。々(こしき)は今でいう蒸し器の上段部分かぁと分かった事。∪里令韻呂匹Δ靴董△海鵑覆鵬爾細くて安定性が悪いんだろう?これじゃあ、倒れないように置くのが難しいじゃないかと思っていたら、甕は主に竈(かまど)の口にスコーンと嵌めて下から火をくべて煮炊きに使うから、土器の上の口が広くなっているんだそうだ。現代のようにコンロやテーブルに置く鍋とは根本的に違うと分かった。室町時代の鍋は今とそんなに変わらないデザインじゃないか、これなら、今のコンロの上にも置けるじゃないかと分かった事。すごく小市民的な発想なのですが、弥生時代や室町時代の生活はさほど今から遠くない気がしたのでした。さて、次はもう1つの潟と古道をご紹介します。

 

author:1230fan, category:尾張, 22:40
comments(0), -
名鉄桜駅 列車の窓から見えた古墳

仁徳天皇陵が世界遺産登録だとか、おめでたい。

何がきっかけで、ある事に興味を持つのかって分からない。ある日、名鉄電車の先頭車両に乗っていた時に、車窓から、ちらっと見た風景に「あれ?あれって古墳じゃないの?」と思い、すぐ近くの駅って何という名前なんだろう?と調べ、この普通電車しか停まらない駅に私はやってきた。

駅の名前は「桜駅」。今まで通り過ぎただけの駅だった。通りすがりに車窓から見えた風景は、こんな感じだ。

塀の向こうに、こんもり盛り上がった地面があって、その上に小さいお社がある。こんもり具合が古墳?と思った理由だ。で、やっぱり古墳だった。そして、古墳の真上に神社の本殿がある。

神社の拝殿の奥に古墳があって、その頂きに本殿がある。拝殿を囲むように柵が張り巡らされていて、古墳に近づくことはできない。この日、私は桜駅から1駅離れた本笠寺駅にも行ったが、その周辺を歩き回って分かった事はこの2つの駅の場所は大昔から海に覆われていないみたいだという事だ。ここは、古墳のあった少なくとも5世紀には人がいた。

地形は変わる。桜駅近くにある、大昔ここの近くに海があったんだという記念碑は次回お見せしたい。

author:1230fan, category:尾張, 21:19
comments(0), -
太っ腹な南山大学 名古屋八事日赤

知らずに、ずーっと来ましたが、知ってしまいました。今度、もし縄文土器好きな友達ができたら、絶対連れて来ようと思いました。先日、南山大学の人類学博物館に行きました。ここは、展示品に触ることが大いにオッケーという気前の良い博物館です。で、私が是非触りたいと思っていたのが、縄文土器でした。触りました。赤ちゃんを抱っこするように抱えてもみました。弥生土器にも触りました。ワイングラス風の杯を乾杯風に持ち上げてもみました。ここにあるもの全部本物だそうです。だから、時空を超えて古代人とハイタッチした気分です。

東京とかの立派な博物館が「縄文展」を開催したとしても触らせてくれないでしょう。けれど、ここは入館料無料で触らせてくれます。展示品のそこかしこに「Please Touch!」と紙が貼ってありました。その文句がまた嬉しいじゃないですか!と思っちゃいましたね。良い大学だわ、ホント!

author:1230fan, category:尾張, 20:57
comments(0), -
樹齢1000年以上の楠 名古屋市南区楠町

お仲間と名鉄本笠寺駅から笠寺観音へ行き、昔はこの辺りは海だったとか、そんな話をしながら色々なところを見て回る。誰かが「歩いて、15分くらい行くと樹齢1000年以上のもの凄いクスノキがあるから見て行こう」と言った。暑かったが、普通電車しか止まらない本笠寺駅付近に来ることはめったに無い事だから、行くことにした。玉の汗がダラダラとしたたり落ちる。

行ってみて、まず驚いた。例の「信長攻路」の看板があった。

「ややや、ここにも来たんだ、信長!」と思いがけず見つけたことを喜んだ。「村上社のクスノキ」と言って、かつては野並・古鳴海の渡船場の目印だったらしい。

清州から桶狭間に向かう攻路で信長が通ったのではと言われている「東海通」の近くにこの楠はあります。正直とんでもなく大きな木で、樹齢1000年以上は頷けます。木の周りには根が踏まれないようにグルっと石のクイが立っていて、近づけませんでした。けれど、枝が新しい葉をたくさん付けて、頭の上に垂れ下がってきていたので、写真を撮りました。

樹齢1000年以上か知らんけど、生まれたばかりの枝は元気いっぱいな感じ。桶狭間に馬を走らせる信長を見てましたか?なんて聞いてみた。

 

author:1230fan, category:尾張, 21:04
comments(0), -
ヤマサちくわさんのGEN-B(ゲンビー)交流会に参加

豊橋のヤマサちくわさんは創業192年だそうだ。「ヤマサちくわ」は愛知の食品ブランドの王様の1人だと私は思っている。そのヤマサさんが何やら新しい事を始められた。知り合いの誘いに乗って、その交流会に参加してきた。その何やら新しくて楽し気な会には、「豊・食・人 GEN-B(ゲンビー)」という名前がついている。ゲンビーとは豊橋の古い方言で「食いしん坊」という意味だそうだ。この会の「豊・食・人」は「豊かに食べ、愛で味わう人々の交流」という意味だそうだ。

 

会場に入ると、広い壁に動画が映し出されて、ヤマサさんの仕事の様子や社長さんのインタビューが流れていた。そして、その動画を横切り、私たちの前に、恰幅の良い、頭に大柄の布を巻き、大きなエプロンをした、魚市場の大将のような人が現れた。事務局の人が、登場したその大将を「社長」と紹介した。「え?同じ人?」さっきのインタビュー映像の背広姿とはまるで違った印象だった。この大将な感じの方がヤマサちくわ七代目の佐藤社長さんだ。

お話はなかなか興味深い内容だった。例えば、今川義元公が伊良湖より東海道の新居の宿にいたる片浜十三里の海で捕れた魚は、今の豊橋のヤマサちくわ本店そばの熊野社の境内で売り買いするよう御触れを出したおかげで、豊橋のその場所が栄えるようになったというお話だとか、今、漁師さんの廃業が増加していて、中国や韓国の漁師から高値の魚を買わなくてはいけなくなっているとか、聞いた事が無いお話ばかりだった。あと、実際にちくわを巻いてみる体験を何人かの人がトライしたが、社長のようにはできなかった。ちくわを巻くのは、簡単じゃないんだと分かった。

その日は、生まれて初めて練り物フルコースも頂くことができ、とても美味しかったし、楽しかった。

この箸置きがまた可愛い。ヤマサちくわの箸置き!

私は地元に育ち、子供の時から「ヤマサちくわ」を時々食べてきた。美味しさは知っているし、お値段も知っている。だから、普段使いの頻度は低いが、ここぞという時には選ぶ商品だ。ちょっとハイソなブランド食品の会社さんだから、どんな社長さんなのだろうと思っていたが、社長さんや常務さん、社員の方皆さん、気さくだった。なんていうのか、東三河人独特のほっこりした、気の良さを感じた。お客、お店のボーダーを超えた人と人との交流、それこそ、「食べさせたい」食いしん坊と「食べたい」食いしん坊の交流だった。ヤマサさんは、こういう新しい試みを始められ、きっとこれから何か変わって行こうとしているんだという事は強く感じた。

乞うご期待な予感がする。

 

 

author:1230fan, category:東三河, 00:50
comments(0), -
たまにはノリタケでランチも良い

以前、他県の友人が遊びに来た時、どういう地元を見せたいかと考え、連れて行った先の1つがノリタケの森だった。建物に入って、ノリタケの食器コレクションを見せてもらうのは、お金が必要だが、広いお庭をブラブラするのは無料だし、食器のアウトレットを見て回るのも自由だ。

ノリタケ食器を体感できるのは「レストランキルン」だ。そこの食事は全部ノリタケの食器で出てくる。ふだん、値段を見て「普段使いにはちょっと」と腰が引けて買えない、憧れのお皿で出てくる。ランチは、たまに贅沢するなら、そこそこ手の届く手頃な値段だ。なんとなく、値の張るランチの方がグレードの高い食器じゃないのかな?と、事実は知らないけれど、勝手に妄想しては、他人様のランチを遠目にチラチラ見ている自分。料理も良いけど、皿が見たい!

それにしても美味しそうな料理が、美しい器で出てくると、メチャクチャ嬉しい。写真を取って良いですか?と聞いてから、バシャバシャと写真を取る。

よくよく見ると全部金の縁取りがあるお皿だ。こんなお皿をレンジに入れてチンしたら、バチバチバチ〜っで一巻の終わりだ。だから、たまに食べに来るのが良いんだ。

 

author:1230fan, category:尾張, 00:28
comments(0), -
長興寺の信長に会えた

今年の初め、私は豊田市の長興寺に行き、「この寺に、あの信長の肖像画が贈られ、一周忌法要がされたんだ。いつか本物の信長の肖像画が見たいなぁ」なんて思っていた。

そしたらば、意外に早くその機会がやってきた。豊田市美術館はしばらく改修工事で閉まっていたのが、この6月からリニューアルオープンした。そのリニューアル記念に長興寺の信長像の掛け軸が公開されたのだ。

「行くしか無いでしょ」

その日、駐車場はやたらと混んでいた。こんなに車があるなんて、みんな本当に行先は美術館ですか?と思ったほどだった。館内はまあまあ人がいたが、展示物が人ゴミで見られないという事は全然なかった。

結構車が入っていると思う

これが長興寺の信長。みんなが知っている筈

 

この掛け軸の公開は6月16日(日)まで。リニューアル記念と言っても、入場料は大人300円で超お手ごろだ。色々な作品はあったが、私の目当ては長興寺の「紙本著色織田信長像」だったので、信長の前を行ったり来たり、多分5回くらいはケースに鼻をひっつけて見ていたと思う。掛け軸の絵の下の漢文をじっと読む。その漢文は私でも読めるほどの内容で、奉納者の与語さんの名前があった。豊田市郷土資料館で聞いた通りだと思った。私の年始の希望はこれで叶えられたって訳だ。やったー!

美術館のレストランは経営する会社が変わったらしく、メニューは少し変わっていた。しかし、眺めは相変わらず良い。

author:1230fan, category:西三河, 00:05
comments(0), -
矢作川の下流と言ったら河口だわねー碧南たんトピア

矢作橋より南の矢作川下流!!「それならば、海に出る河口を狙えば良い」と思い、グーグルマップで矢作川の下流を見ることができそうな場所を指で追った。河原には大抵遊歩道は無い。車で川に近寄りたくても、駐車場も無いことが多いから、河口そばの車の置ける施設を探す。そうしたところ、地図に「へきなんたんトピア」という名称が出てきた。ネット検索すると碧南火力発電所近くにあるお庭や発電所を学ぶ施設との事。料金無料。これならば、タダで矢作川に近づける、もしくは海にそそぐ矢作川を見られるかもと期待し、出かけた。

 

行ってみて、驚いた。この「たんトピア」の近くには何度か行った事があったのだ。でも、これまで一度として、ここに「たんとピア」という施設がある事に気づいた事はなかった。だから、「あまり宣伝していないのじゃないの?」とか、「誰もいないような場所じゃないのかな?」と不安に思いながら、駐車場に入ってみると、意外に車は入っていた。

 

敷地に電力館とヒーリングガーデンがあり、「矢作川を見るには、きっとガーデンの展望台だろう」と思って、ガーデンに入っていった。すると、また驚いた。だって、想像もしていなかった、とんでもなく立派なお庭が眼前にガンと広がったから。

「ここはハワイのゴルフ場か?」と驚く

これは、とんでもない拾いもんだと大喜びだ。ガーデンの高台から、火力発電所が間近に見える。空がとても広い。

ガーデン入口のグリーンセンターに置いてあったチラシを見ると時々発電所探検ツアーが企画されているようだ。次は7月らしい。それに参加したいと思いつつ、「いやいや今は矢作川河口だ」とお庭を歩いてみた。

「ここは北海道か?」

またまた驚く。庭がいいじゃないか!北海道の「風のガーデン」チックなお庭があって、素敵だなぁと思いつつ、セコセコと矢作川の河口はどこかと嗅ぎまわってみたが、広すぎて、時間切れになった。たぶん、矢作川に一番近づける場所は「エコパーク」の先の先にある「半地下観察舎」だろうと想像するが、そこから本当に矢作川が見えるかどうかは分からない。次、行って確認することとする。

エコパークに行くための歩道橋から取った写真。造成している先にある海は知多湾だろうと思う。

 

 

author:1230fan, category:三河, 22:12
comments(0), -
旭高原自然遊歩道から矢作ダム湖チラリ

豊田市の岐阜県との境にある旭地区。春に枝垂れ桃を見に行った同じ地区の高原に行った。本当は遠いので車で行きたくなかったが、自分で運転するより仕方が無かった。高原は遠かった。けれど、意外なほど、人がいた。仲間でバーベキューという人がいたのだ。その日、私は自然観察会にいた。遊歩道の木々の間から矢作ダム湖を見た。話によると、その何日か前に雨が降ったので、水がたまったらしい。初めて矢作のダム湖を見た。なかなか良い眺めだった。

旭高原に行く途中、岡崎よりも上流にある豊田市の勘八狭(平戸橋あたり)を通った。そこで矢作川を堰き止めている。だから、岡崎の矢作橋で見るような干上がった矢作川とはまるで違う風景が目に入ってきた。

この風景を見た時、「ここはなんだ?」「こんなに水の豊かな場所があるなんて」と驚き、最初は矢作川だなんて思わなかった。静かにボート競技の練習なんかしている人がいるのを目にした時には、今度通る時には車を止めて、しばらく見ていたいと思った。なかなか素敵な風景なんだ。

これが私がよく目にする岡崎矢作橋あたりの矢作川だ。勘八狭と全然違って、生活感ありありだ。上流で堰き止めているから、こうなってしまうのは仕方ないけど、なんだなぁ〜だ。この岡崎よりもっと下流の矢作川がどうなっているのか、そのうち見に行ってみようかなとちょっと思う。

author:1230fan, category:三河, 22:02
comments(0), -