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本宿(もとじゅく)歩き 3 リボンの騎士

本宿(もとじゅく)駅に行くと、以前の駅舎を3分の1にした模型がある。今の駅とはまるで違う。今残っていたら、レトロ感があって良い雰囲気だったろうなぁと思うような建物だ。この旧駅舎は蒲郡観光の玄関口として、蒲郡ホテル(現在の蒲郡クラシックホテル)のデザインを取り入れた駅舎だとか。たぶん、子供の頃、車で1号線を行き来する時、私も車の座席から見ていただろうと思う。

本宿の旧駅舎1/3模型

模型が残っているだけでも良かったと思う。

さて、本宿の東海道を歩きに来たきっかけは、旧代官屋敷跡のオシャレなレストランに行ってみようと思った事とシンセサイザー奏者で作曲家の冨田勲さんのご実家が冨田病院さんらしいと何かで読んでいた事から、それを確かに来ようと思って足を運んだ。

レストランは外にメニュー板が無く、なおかつ、中の感じが素敵だった事から「予約が必要だったかな?」「きっと、良いお値段なんだろうなぁ」とボロ着を着た私は怖気づき、尻尾を巻いて踵を返した。

でも、レストランの隣の小さな蔵は無料の郷土史資料展示室になっていたので、入ってみた。

旧代官屋敷跡で、今はレストラン

郷土史資料展示室 (冨田家の文献)

資料展示室は、江戸時代、この地の御代官様をしておられた冨田家さんの歴史資料を展示しておられる。また、シンセサイザー奏者で作曲家の冨田勲さんの記録もおいてあり、この資料展示室に誰かが入室すると、壁に冨田勲さんのコンサート映像が流れるようになっていた。

 

私は子供時代、リボンの騎士が大好きで、アニメが始まる前に必ずテレビの前に体育座りして、番組が始まるのを待った。そして、オープニングのファンファーレを聞いて、今日はどんなお話なのか楽しみにした。音楽は冨田勲さんだった。ジャングル大帝もそうだ。オープンニングの雄大な音楽、ファンファーレのような金管楽器と声楽家の伸びやかな「ア〜ア〜ア〜」は冨田勲さんの音楽だった。どちらも忘れる事は無い音楽になった。

 

帰宅して、久しぶりにジャングル大帝とリボンの騎士のオープンニングを聞いた。やっぱり素晴らしい。子供の頃に知らず知らずのうちに、こういう素晴らしいものを与えて頂いていたんだなぁとあらためて思った。

 

冨田さんに深謝。

author:1230fan, category:三河, 21:34
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本宿を歩く 2

江戸時代の本宿(もとじゅく)では、東海道に面した法蔵寺が栄えていたそうです。案内板によると、子供の頃の徳川家康が手習いをしに来ていたとか。。

東海道から御寺の最初の門まで結構ある

字が小さすぎて見えないかも知れませんが、

子供の頃の家康が手習いをしに来ていたとあります。

 

この法蔵寺には、なぜか新選組の近藤勇の首塚もあるそうです。私は幕末より鎌倉・室町時代に興味がある上、首塚と聞いただけで恐ろしいので近づけませんでした。このお寺、とっても静かです。見に来るような物好きは私一人かと思っていたら、境内にお一人先客がいらっしゃいました。男性でした。何に興味があったのかな?近藤勇の首塚のある裏山から本堂の方に出てこられた。もしかして、新選組のファンなのか?

最初にくぐった門にあった立派な木彫

境内の楼門

本堂の左奥に階段があり、上がっていったところに比較的新しい「東照宮」があります。東照宮の建っている高台から眼下の境内と遠くに高架を走る名鉄電車が見えました。なかなか良い風景でした。

東照宮からの眺め

江戸時代には、もしかしたら、このお寺の門前と東海道の間の空き地に露店なんか並べたかなぁ?なんて想像したりしましたが、今はすっかり往時の勢いは無く、静かです。祭りの後の静けさって感じですね。お寺の鐘が鳴ったら、最高の風景です。

 

author:1230fan, category:三河, 00:35
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本宿(もとじゅく)を歩いてみた 1

本宿は岡崎市にある。大昔から、東西(京都〜江戸)を結ぶ東海道の要衝で、それ以前の時代も山の中の1本道という道だったので大事な場所だった。私が子供の頃、名鉄電車に乗って豊川稲荷に行く時に、本宿で電車を乗り換えた記憶がある。当時は今のような高架の駅ではなくて、上りと下りの列車の間に長細い中州のようなプラットフォームがあって、一号線に背を向けて電車を待つと眼前に山があるような、そんな何もない、昭和な感じの駅だったように記憶している。

本宿が東海道の宿場だった事は知っていて、いつか見に行ってみようと思い乍ら、今日まで来なかった。今日やってきたキッカケは、最近たまたま知った、本宿の旧代官屋敷にできたレストランだ。この こじゃれたレストランを見に行こうと思い、やってきた。

まずは本宿駅の駐車場に車を置き、ウォーキングマップを頼りに、まずは1号線を豊橋方向に歩く。深田という交差点にある宿場の入り口の冠木門を目指す。

右側の車道は1号線

門のそばに本宿から藤川宿について書いてある看板

門をくぐって、本宿駅方向に戻る恰好で直進する。本宿は自然が多いところで、なかなか風情がある。

 

この石柱の「左 東海道」の面の道を行く

これ、東海道だ。

昔はこの通りに面して店が軒を連ね、賑やかだったに違いない。この宿の一番人が集まったと思われる場所は、この道の左側に出てくる「法蔵寺」だ。徳川家康が手習い(御習字)に通ったとされる由緒ある御寺だ。

法蔵寺の門前、東海道の反対側にあるお家

なかなか風情がある。歴史を感じる。

法蔵寺、確かになかなか素晴らしかった。それは次にご紹介します。本宿は江戸の町だ。行ってみると色々あって面白かった。

今日はここまで。

author:1230fan, category:三河, 01:19
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幸田(こうだ)町 凧揚げまつり

額田郡幸田町菱池で行われた「凧揚げまつり」に行ってみた。もちろん生まれて初めての参加だ。JRに乗って「幸田(こうだ)」で降りる。西口でデンソーさんのマイクロバスがシャトルバスとして待っていてくれる。幸田には立派なデンソーさんがあるから、町のイベントに協力してくれているんだろう。ここから5分で会場だ。チラシには、長靴を持ってくるように書いてあったので、私はリュックに長靴を入れ、いつでも履き替えられるようにしていた。凧揚げまつりの会場は稲刈りが済んだ後の田んぼだった。広大な場所。

お子さん達が小さい凧をあげている

見物人はあぜ道で立ち見しているので、どうしても長靴をはかないといけないという訳ではなかった。ただ、フリースペースで自分も持参の凧を揚げたいという事なら、田んぼに入っていく事になるので長靴は必要だ。

今日は曇り、風はほとんど無い。会場には10時頃到着し、10時30分すぎの大凧が上がるのを待った。

本当に風がほとんど吹かない。でも、飛ばさないといけないので、みんな、タイミングを計っている。

一応、浮かぶ。でも、すぐにヨロヨロ降りてくる。

放送でさわやかウォーキングの人とそれ以外の見物人で午前中で25000人の来場だと言っていた。

私は大凧はもちろんだが、連凧も実際に見るのは今日が初めてだった。

色とりどりの凧

連凧が空に・・

連凧を操るおじさんは、とても綺麗な半被を来ていた。椿の花が染められた粋な感じの。大凧も良いけど、誰が考えたか連凧は、よりフォトジェニックで美しい。

 

風が弱くて凧が空中で頼りなく「ふらついて」ゆるっと降りてくるのを見ていると、こっちの気持ちも「ゆるむ」感じがして、これはこれで良いなぁ〜と思った。来年、来るなら、足裏カイロはあった方が良いと思った。

 

author:1230fan, category:三河, 15:56
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名古屋市中川区 バーミキュラ ヴレッジ

2019年12月に「バーミキュラヴレッジ」が中川区にオープンした。バーミキュラは無水鍋で有名で、世の中にその名前が知れ渡った頃は手に入れるまでに何か月か待ちになると聞いていた。だから、今もそうなのだろうか?と心配しつつ、とりあえず憧れの鍋だから、ともかく近くで見てみたいと思い、公式サイトを事前にチェック。施設の規模感がよく分からなかったが「どうせ混むだろうから、平日の午後くらいに市バスで行こう」と決め、2019年の終わり頃に行ってみた。名駅(めいえき=名古屋駅のこと)から市バスに乗る。で、小栗橋というバス停を降りた。そこから2分〜3分だ。バス通りの風景は全体に小さな製造業的な建屋が並び、なんとなく下町っぽい感じだった。で、そこになんだか急に垢抜けしたビルが現れる。

バーミキュラ

ビルに入ると、丸い無水鍋、楕円の無水鍋が小さいサイズから大きいサイズまで順々に一列に並べてある。おひとり様サイズから家族5人くらいまでのサイズだ。一人鍋もいいかもと思いつつ、スタッフの人に「家族3人だったら、どのくらいのサイズ?」とか、「在庫があるのか?」とか、「ここで買うのとヨソで買うのと値段が違うのか?」など色々聞いた。

かたち的には楕円がオシャレだと思ったが、

さて、何を作れば良いんだ?この鍋で?と思う

そして分かった事。もう今では、「よほどの限定品じゃない限り、在庫が無いって事はない」そうで、「値段はここで買っても、百貨店で買っても同じ」なんだそうだ。それに「この鍋はオーブンに入れてパン焼きにも使える」と分かった。

「いつかバーミキュラと思っていたけれど、財布次第で、もうすぐバーミキュラだ」と嬉しくなる。欲しいなぁ〜と思うが、結局、この日は迷った挙句、買わなかった。

こちらの建物は左にパン屋、右がカフェだ。

バーミキュラのフラッグショップを出て左方向(市バスの進行方向)に10〜20mくらい行くと、上のパン屋とカフェの建物が出てくる。訪ねた時間が夕方4時頃だったが、パンはもう売り切れていて、店は閉まっていた。カフェは開いていたが、その日は特別に4時半に閉めると言う。だから、とりあえず、コーヒーを1杯頂く。ここがまた、オシャレだった。中川運河沿いのオープンテラスの席に座った。オープンテラスとは言っても暖房はきいていて、ぬくぬくしていた。

このオープンテラスの席から見える風景はパリのセーヌ河っぽいじゃんねぇ〜なんて妄想を楽しむ。

 

今度来たら、ここのパン屋でパンが買いたいな。私もオーブンにバーミキュラの鍋にパン生地を入れてパンを焼いてみたいと思っているので、どんな味になるのか試しにここのを食べてみたいんだ。

 

さて、パンフレットでうちのオーブンに入るサイズのバーミキュラを探そうっと。

 

 

author:1230fan, category:尾張, 20:47
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謹賀新年 安城 上条弁財天

新年あけまして おめでとうございます。

安城の鎌倉街道をチョロチョロした顛末をだいぶ端折ります。安城東公園近くの交差点に「上条町鮮千度(せんど)」というところがあります。そこまで私たち歴史教室一行は歩きました。なぜ、そこまで行ったかと言うと、その辺りの地名に海や川や外国を思わせる地名が多く、きっと大昔、ここは海に近くて、渡来人も来ていたんじゃないのか?との思いを馳せるためにここまでやってきたのです。しかし、その交差点にたどり着くや、先生が「地名が昔と違う〜〜」と結構な大声を出したのです。

「上条町千度」とある。

先生の知見では、ここは昔「千度(せんど)」とは書かずに「船頭」だったと言うんです。いつ漢字が変わったのかは知りませんが、先生は「漢字まで変わっちゃったんだぁ〜」とショックを受けていた。ここに来る前に山崎城跡の神社で休憩してきたのですが、そこで立ち話した地元のご老人は、この「千度」の地名を「船頭(せんどう)」とは発音せず、「せんど」と呼んでいたので、私たち一行は漢字で「船頭」と書いても、地元の人は「せんど」と呼んでいるんだと思って、ここまで来た。ところが、「船頭」は、ある時地元の人の話し言葉の音をあてたのか?「千度(せんど)」になっていた。

船頭を目当てに歩いてきたのに、どこに行ったんだ、あの船頭は〜って感じです。

上条弁財天

御社の周りに湧き水?

この弁天さんは、昔湧き水があった場所だという事でやってきました。今も湧き水があるのかどうかは分からないけれど、御社周りのお水はとても綺麗だった。

作法は書いていなかったが、マネをして、お水を御神酒がわりに御供えした

御社前の池に鳥居

湧き水を酌んで、御神酒のように御社に御供えして、手を合わせる。そして背後の池を見ると、鳥居。なんか、この感じ、どこかで見たことがあるなぁと思う。「そうだぁ〜、厳島神社だぁ」なんて思う。

この上条町の字(あざ)名の中には「船人」とつく場所があったり、大岡町荒古交差点近くには「唐津」という場所があったりで、水辺を想像させる場所がある。安城の鎌倉街道が今の一号線みたいに真っすぐ東西を結ばないで、時々南北へ迂回するのは、通りたくとも通れない何かが1000年前にはあったからじゃないのか?と想像しあう。その障害物は、きっと水辺じゃないの〜なんて事をお仲間と話した。もちろん、学者さんじゃないから、確たる証拠は無いけれど、地名から想像すると全然違った風景が見えてくるので面白い。

 

それにしても、このあたりは、今まで何度となく車で通っていたけど、、1000年前は海だったかも知れない所とはねぇ〜なんて思った。

 

author:1230fan, category:西三河, 12:22
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安城の鎌倉街道2 高木城跡まで歩く

市杵嶋姫神社(別郷廃寺の看板があった御社)から、また歩く。鎌倉街道はここから少し先まで、もう痕跡がない。別郷町の信号方向に南に少し下って、地元の道を歩き、広い道路を渡る。すると、また「ここから少し先までは鎌倉街道跡だ」という道にやってきた。

この濃い目のアスファルトが鎌倉街道

写真はやってきた道を振り返って取ったものだ。今さら、地図を見ると、写真の奥に見える大きな建物は老人ホームだ。実際はこのミカン畑を右手に、老人ホームを背にして歩いていた。少し行って、47号線 岡崎半田線に出る。交通量の多い幹線道路だ。その道に面して小さなお地蔵さんがある。先導する先生が「このお地蔵さんの右斜め奥に鎌倉街道が通っていたと言われている」と言っていたが、今は全然見る影なし。その時、お地蔵さんの横に何か文字が書いてあるのが分かったが読めなかった。今見ても、何か字がある事は分かるが、やっぱり読めない。

道しるべのお地蔵さん

先生は郷土史研究をする民間人で、学者さんではない。色々な本を読んで、自分で考えて、実際に現場を歩いて「こうじゃないかな?」と自分で想像して納得している人だ。だから、「俺はこう思うけど、あんた達はどう思う?」というような事を言う。なので、何が正解かは分からないけど、「こうじゃないの?」と自分なりに想像した事を思ったまま言っては先生に却下されたり、「そうかも知れないなぁ」と受け入れられたりしている。こういう正解が何かよく分からない歴史教室だから嫌う人もいるだろうけど、一緒に同じ風景を見て、自分の想像力や空想力で「こうじゃないか?」を言い合えるのは、私としては面白いと感じている。

この細い道も鎌倉街道らしい

ここから先、高木城跡までは家と家との間の狭い通路みたいな鎌倉街道を歩く。その道の終わりの方に、長方形のような土地にある竹藪が出てくるのだが、その竹藪が高木城跡だと聞いた。ただの狭い竹藪に見えた。ただ、竹藪を通り過ぎて、西の方向に下ったところにこの土地の歴史を示す案内板が出てきた。

 

この看板がここにあるという事は、あの竹藪はお城の敷地の端っこなのか?と想像するが、先生を含めた歴史教室のお仲間に聞いたところで分からない話なので、「ともかく、この辺に城があったんだ」と思うことにする。この看板の背後の広い田んぼの場所は昔は見渡す限りの湿地だったそうだ。その事は、この後に行った山崎城跡の神社で話した地元のご老人から聞いた事だ。

これが、竹藪。

城跡というには難しい、本当に見るからに竹藪なんだ。

author:1230fan, category:西三河, 11:01
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安城にある鎌倉街道を歩く 1

名鉄 宇頭(うとう)駅を降りる。てっきり、宇頭駅は安城市かと思っていたら、岡崎市になるのだと教わる。昔、この辺りは矢作町(やはぎちょう)の区域だったそうで、矢作町は1955年に岡崎市に編入されたそうだが、1960年に境界が変更になり、町の一部は安城市に編入されたんだそうだ。

歴史教室のお仲間と宇頭駅で集合し、先生の後について、安城市にある鎌倉街道を歩いた。

住宅の間の細い道が鎌倉街道

上のあぜ道を手前方向に来ると、道路があって、それを横断すると出てくる

三河万歳をやり始めた人らしい

中央の白い看板が上の三河万歳を始めた人のお墓の看板

最初の写真の畔道から見渡すと畑で、その中に三河万歳を始めた人のお墓の看板が畑の中にある。このお墓の後ろの方に、かつて鎌倉街道が続いていただろうとの話を聞く。昭和になってからなのか、土地改良によって古い道は農地として整備されたと聞いた。

別郷廃寺跡 の看板

白鳳時代や奈良時代などの瓦が出てきた古いお寺跡。どうやら結構な規模の御寺だったらしい。今は境内に市杵嶋姫神社の石柱がある。

今は結構余白の多い御寺の境内

ここは鎌倉街道は少し離れた場所だ。ただ周辺の地名に「崎」がつく場所が多い事と鎌倉街道が碧海台地のヘリを歩く道だったことから、この場所は1000年位前は海に面した場所だったかも知れないと先生は言っていた。「そうかも知れないねぇ」という空想を皆でしながら、境内から鳥居の先にある風景を眺める。

海があったかも、なんて想像していると、鳥居の向こう側がそんな風に見えてくるから、面白い。

author:1230fan, category:西三河, 23:34
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師走の名駅

名駅(めいえき=名古屋駅のこと)に、この時期やって来る事は未知なる地元への冒険でもなんでも無いけれど、来ると思うんだ。

「あああぁ〜師走が来たんだなぁ〜」って。

宝くじが当たると評判のチャンスセンター。全然くじ運が無い私もここで買い始めたら、1回だけ3000円当たったことがある。それだけで大喜びだった。十分さ。そして、今年も落穂拾いみたいに、ささやかで良いから、当たるようにと購入。

百貨店のクリスマス飾り

ゲートタワー前のクリスマスツリー

 

もうすぐ今年も終わるが、行こうと思って行けず仕舞いの愛知県内のちょっと気になる場所、来年また頑張ろう。

 

 

author:1230fan, category:尾張, 21:09
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知多郡美浜町 杉本美術館

電車で見かけたポスターに惹かれて、フラリと杉本美術館に行ってみることにした。知多半島人のお友達に「駐車場があるのかどうか?」「どんな感じの場所?」などを聞く。すると「住宅街の、静かな美術館で、眺めが良いよ」と教えてくれた。

友達の言葉には絵の事がちっとも出てこなかったが、ポスターの絵が気に入ったので、ともかく車を走らせた。丘の上の方にある、割合新しい感じの、素敵なお家ばかりの中に美術館はあった。確かに友達が言うように、あんまり見に来ている人はいない感じだった。

この美術館は杉本健吉画伯の美術館で、私はこの画伯のお名前だけはよく聞いていた。けれど、代表作が何か?などは知らなかった。展示室はいくつもあって、作品が多いんだなぁという印象を受ける。絵の事は詳しくないけれど、味のある絵だなぁと思う。私以外に1人か2人の見学者はいたように思う。でも、同じ展示室で一緒に作品を見るような人はいなかった。友達が言っていた「眺めが良い」場所は「休憩室」の事のようだ。

こんな感じ

そして、こんな感じに、海が見えるのだ

私以外に誰もいない休憩室でイスに腰掛ける。テーブルにお抹茶300円とあったが、注文を聞きにくるような人もおらず、お抹茶にありつく事はなかった。静かだ。だから、ボーっと海を眺める。

杉本健吉画伯の生まれてから亡くなるまでの活動を紹介するお部屋で、関わられた作品を見ていたら、町で時々目にする「名鉄タクシー」の「あの白とグリーンの車体色」が画伯の作品の一つだったと知った。名鉄電車のパノラマカーもだ。自分がずーっと知らず知らずに見てきたものだ。

 

だから、この日以来、私は名鉄タクシーを見かけると「あ!杉本画伯!」と思うようになった。

author:1230fan, category:知多半島, 23:14
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