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津島の街歩きツアーに参加

津島市のにぎわい創出機構OSHIの企画する「津島まち歩きツアー」に申し込んだ。案内してくれる方は町の方らしく、まだ経験が浅いようで少し緊張気味。けれど、それが返って「良い人達だなぁ」と感じさせた。

去年の夏に初めて津島に行った時に津島神社門前の角政さんで「今、津島の御朱印が若い人に人気なんですよ」と聞いていた。どこの御朱印が人気なのか?までは知らなかったが、このツアーで「観音寺さん」のご朱印が人気だと教えて貰った。

通りに面した家屋の壁に観音寺さんの副住職さんが描かれたという大きな絵があった。「これか!」と思った。

なんでも副住職さんは、お坊さんになる前は漫画家になろうとしていた方だそうで、こういう絵がお得意らしい。

とっても色っぽい仏さんだぁ〜。

津島は戦後すぐ頃までは毛織物業が盛んで、たくさんの人が働く、元気な町だったそうだが、今はその毛織物が斜陽化して、町に昔のような活気は無いのだと説明された。けれど、この御朱印のおかげで、町にやってくる人も増えたんだそうだ。

また津島では芸事が昔から盛んで、与謝野晶子や柳原白蓮などの歌人がこの街に来て、歌会のような事をしていたそうだ。このツアーではお琴と琵琶を聞かせて貰ったのだが、「春の海」以外のお琴の曲を今回初めて聞いた。琵琶の楽器演奏自体は今まで聞いた事があったが、この日の演目「宝船」、「安宅」には楽器演奏だけでなく、語りというのか、歌のようなものがついていた。これも初めて聞くものだった。プロではなくて、町で長年練習しておられる一般の方のようだったが、その語りがなかなか素晴らしいものだった。だから、帰りに思わず「素晴らしかったです」と言ってしまった。

本町筋

写真は上街道と呼ばれる道で、奥の方に進むと勝幡(しょばた)、甚目寺を経由して、名古屋へ行く道。勝幡は信長が生まれた町だと言われている。そして、名古屋の中村は秀吉の生まれ育った町。秀吉はこの街道を使って、名古屋から津島によく遊びに来ていたらしい。ほかにも津島には、加藤清正が子供の頃にお世話になっていた叔父さんの家があったり(今は神社)や清正が手習いに通ったお寺がある。そんなあれこれを聞くと、信長を中心とした人の出会いの場、接点になった町は津島なんじゃないの?と単純に思う。

author:1230fan, category:尾張, 22:39
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