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空海さんが来られたお寺 岩屋寺 南知多

南知多にある岩屋寺は715年に行基菩薩が導師となって聖観音の開眼供養が行われたのが始まりで、808年には空海さんが来られたらしい。お寺で流していたローカル局の特集ビデオによると、空海さんは船から南知多の様子を見て、故郷の讃岐に似ているとおっしゃり、この地がとっても気に入ったので3回ほど来られたとか。私がここに来た目的は、空海さんが開いたと言われる「奥の院」を見るためだ。

桜の頃にでかけた。駐車場から見るお寺

あんまり予習していないので、こういう看板をよく読む

本堂

経堂

「奥の院」を目指してやってきたが、本堂にいたお寺の方に直接聞くのが照れくさく、私より先に来たご夫婦への道案内を私も少し後ろで聞いた。

奥の院。岩屋と呼ばれる場所は赤い塔の右上にある

赤い塔の右に、「奥の院」の看板がり、その階段を昇っていくと、建物で覆われた岩窟がある。岩肌にごく近いところに祈りをささげる場所と護摩をたく場所があった。参拝者にとっては、一番奥まった場所が祈りの場所なので、そこは薄暗くて、よく見えない場所だった。近づきがたい場所という雰囲気だった。私はその雰囲気に少し飲まれたが、壁際のベンチに少しの間座って、薄暗い岩壁と祈りの場所を見ていた。

古いお墓。刻まれた名前を見ると偉いお坊さんのお墓っぽかった

奥の院を後にして、本堂に戻ることにした。参道に面して苔むした墓石がいくつもある。お墓を見ると参道に向かって、亡くなった人の名前というのか戒名というのかが刻まれている。で、私はふと思った。

「空海さんは、岩壁に向かって、お経を唱えていたのかなぁ?」と。

このお墓のように参道側、岩壁を背に眼前に開かれた森の方に向かって、読経したりしていなかったのか?と。

 

帰宅してから、たまたま手にした本に空海さんの著書「三教指帰(さんごうしいき)」が紹介されていた。で、その本のあらすじを調べてみると面白い部分があった。「山中で真言を唱えていると、そのこだまが谷に鳴り響き(岬の洞穴に座って、広がる空と海に対峙し、真言を唱えている)、虚空蔵菩薩の化身とされる夜明けの明星が私の体内に飛び込んできたのです」

ここだけ見ると、空海さん、もしかしたら、南知多の岩窟でも、広がる空と森に対峙して真言を唱えていたかも知れない、、なんていう私の妄想もありかも知れないと思ってしまった。

 

1200年以上も前の事だから、本当のところは分からないけれど、森の中に伸びやかな声で朗々とお経が響き渡っていたとしたら、聞いてみたかったなと思う。

author:1230fan, category:知多半島, 00:00
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