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西尾市 吉良の由来の八ツ面山(やつおもてやま)

<展望台>

地元の鎌倉時代とか室町時代などに興味を持ったせいで、本に出てくる「荘園」は今だと、どこら辺だろう?と漠然と思っていた。たまたま読んだ本に「吉良荘」(きらそう)の地名「吉良(きら)」が「きらら」から来ていると見つけた。「きらら」とは「雲母(うんも)」の事だそうだ。続日本紀に713年に参河国内から中央政府に雲母が献上されたとあるそうだ。その雲母が採掘されていたのが、この八ツ面山じゃないかという説があって、私はここにやってきた。吉良(きら)が吉良と呼ばれるきっかけになった山かも知れない、だからとりあえず確認だ!という訳だ。

なぜかカーナビで八ツ面公園で調べても、公園の「トイレ」しか出てこなかったので、トイレを目指した。トイレは山を登り切った処にあって、この展望台のすぐ下だった。山を登る途中に雲母を採掘していた「坑道跡」を示す看板が薄暗い森の中を指していたが、なんとなく怖い感じがして、展望台だけにしか行かなかった。

 

車を下りて「こんな所に、こんな場所があったのか」と思った。誰も居ない場所かと思ったら、私以外に2、3組人がいた。

この展望台、とっても良い場所だ。穴場かも知れないと思った。眼下に西尾の街が一望できる。それに町の向こうにはキラキラ光る海面が見えた。三河湾だろう。吉良温泉(吉良のワイキキビーチ)の方かなぁと思う。正直グーグルマップを見たけれど、心もとない。

たぶん、こっち方面は幡豆の方だろうと心細く思う。地元のくせ、ホント頼りない。

この山の方は幸田(こうだ)の方だと思う。山の名前も知らないヘボ地元民、ホント面目ない。

 

大昔にこんな展望台は無いだろうから、今と同じように遠くの海を見ることができたのかどうかは分からない。けれど、坑道跡のおかげで、大昔に誰かがここで都に納めるためにキララを掘っていたという事が実感できて嬉しいと感じる。で、また、いらん事を考える。吉良上野介だって、歴史の回り方次第じゃあ、下手をすれば、キララ上野介だったかもと妄想する。キララ上野介だったとしてもそれはそれで悪くない感じがするわと思う。

 

さて、雲母(きらら)だが、古代から漢方薬として飲まれていたんだそうだ。当時は長生薬だと中国から伝わっていたらしい。大昔は今よりずっと切実に健康や長生きを望んでいただろうから、キララの価値は今よりずっと高かったに違いない。

author:1230fan, category:西三河, 22:39
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