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桶狭間と牛久保 大聖寺

牛久保にある今川義元公のお墓を見に大聖寺に向かう。八幡社から家々の間の細い道を通っていくのだが、その細い道の曲がった感じが「ここは、やっぱり古い町だな」という印象を受ける。今まで巡った古い町の路地と同じ感じだからだ。桜が満開だった。

「今川義元公御廟所」と書いてある看板の隣の門というのか、屋根付きの入り口に入る。「はて?大聖寺というお寺の境内に入ったつもりなのだが、本堂がない」と立ち止まって、辺りを見る。この敷地にはお寺の本堂のようなものはなく、地元の人が集まるのだろうと思われる寄合所的な建物があるだけだった。

入り口を入り、桜の木の方、左に行く。上の写真の手前の方に今川義元公のお墓がある。

桜からズンズン進むと道の先には、こういう屋根付きの入口があって、その先が義元公のお墓だ。

今川義元公のお墓の左横には「一色刑部のお墓」があった。今川義元公よりも前時代の方、このお二方は足利氏の血筋の、どちらも良い家柄の人なのに、なぜこんな民家の庭先のような、大聖寺にお墓があるんだろう?と思った。

 

家柄と埋葬されたお寺の格に差がある感じがしたので、帰宅してから調べると、この大聖寺の場所は中世の頃は一色刑部によって建てられた一色城というお城があったそうだ。今の境内の様子からすると、昔のお寺の痕跡は無いんだろう。現場にいる時には全然気づかずにいたが、義元公のお墓の背後に一色城の土塁の遺構もあるらしい。うかつにも見ずに帰ってきてしまった。残念。

ただ、いらん所だけには目が行って、この大聖寺の義元公のお墓の後ろ側の民家の表札は「今川」さんだった。もしかして、ご子孫ですか?とちょっと思った。

 

桶狭間で聞いたお話では、今川氏への哀悼の意なのか、地元の農民達は「おはぐろトンボを捕ってはいけない」と子孫に言い伝えたんだそうだ。今川義元公のおはぐろを想起させる、おはぐろトンボを殺生するなという事らしい。

author:1230fan, category:東三河, 22:24
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