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内々神社(うつつじんじゃ) 春日井市

志段味古墳ミュージアムにまた行った帰りに春日井市にある「内々神社(うつつじんじゃ)」に寄ってみることにした。カーナビに頼って行く。初めての一般道路を運転。岐阜県多治見市に向かって走らせる。道路はなんだか新しく、緩やかな上り坂を登って行くような感じだった。多治見まであと数キロという標識を見て初めて「春日井市って岐阜県に接する愛知県なんだ」と分かった。

内々神社は、その緩やかな登り坂の一般道を脇道に出て、細い道で森の中を下っていった先にあった。

立派です。

日本武尊(やまとたけるのみこと)とご縁のある神社

多治見に向かう道路の新しさと細い道で森の中を下り下りて出てくる このお社とでは全然違う世界だった。私はちっともスピリチュアル系では無いのに、なぜか、この神社には不思議な雰囲気があるような気がして、ドキドキした。この神社は、案内板によると日本武尊が東征の帰りにここに到着した時に、別隊で駿河にいた副将軍・尾張氏の建稲種命(たけいねたねのみこと)が水死した事を知り、「うつつかな、うつつかな」と嘆き、その霊を祀ったのが、「内々(内津)神社=うつつじんじゃ」の始まりだそうだ。

志段味古墳ミュージアムのセミナーで古墳時代の頃は、庄内川の水運が盛んで、庄内川のあるポイントから陸路で内津峠(うつつとうげ)を通って岐阜の方に上っていく道があったと聞いたばかりだったので、私は本当に日本武尊(やまとたけるのみこと)が、ここに来られても、変じゃないような気になった。神話の中の登場人物から、「ほんとにおったかも知れない人間」に格上げだ。

拝殿

拝殿の裏のお庭・夢窓国師のお庭と言われている

訪ねた日は日曜だった。神社にいた方はおそらく地元の方だと思う。「お庭がどこにありますか?」と尋ね、御朱印をお願いしたら、「無理にとは言わないけれど、良かったらコロナ退散のご祈祷をしたアマビエのお札はどうか?」と言われた。「おいくらですか?」と聞いたら、「無料ですよ」と言われた。御朱印もお金は要らないと言われた。どっちも無料なんて、そんな神社あるのか?とぶったまげた。神社の方はいかにも人が良い地元の人って感じで、ただで貰うなんて悪いなぁと私は思った。人がお金を受け取らないので、神様に気持ちを受け取って頂くこととした。いつものお賽銭に少し嬉しい気持ちを乗せて、納めさせて頂いた。

 

お庭で、カワセミを見た。一瞬の事だったけれど、本当に羽の瑠璃色は綺麗だった。色々嬉しいサプライズがあったから、という訳じゃない、このお社には、なんだか また訪ねたい空気感があった。

 

author:1230fan, category:尾張, 23:36
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正法寺古墳と西尾かき氷

吉良饗庭しおの里は吉良の歴史資料館も兼ねている。展示品は「塩作りの歴史」や「伝統的な塩作りの紹介」以外には、古墳と土器の紹介が目玉だった。この施設のすぐ近くに4世紀末から5世紀初め頃の前方後円墳で、三河最大の正法寺古墳があった。しおの里のスタッフさんが行ってみる事を勧めてくれたので、看板を見ながら行ってみた。古墳の案内板は信号機近くにあった。だが、古墳に近づいていくほど、古墳を見るための駐車場がどこなのか?の案内は無かったので、近くの公民館の駐車場に車を停めさせてもらった。駐車場を出て、お寺を横切り、公園の坂を上がっていった。

奥のこんもりした所が古墳

坂を上がっていくと、柵があり、それ以上先には進めないようにしてあった。

案内  私達の立ち位置は古墳のウエスト辺りだ。

資料館の展示

志段味古墳ミュージアムで見た今から1400年位前の地図だと海岸線が今よりずっと上がっていたから、「きっと、この古墳は、海を真下に眺められるような場所に建てたんじゃないか?」と妄想した。一緒に行った友達も同じ妄想をしながら、今は田んぼになっている所を青い海のつもりで風景を眺めた。

その後、私たちは「西尾かき氷」を食べに行った。お茶屋さんの「あいや」さんが経営されている西条園に行き、順番を待った。

西尾だから、やっぱり抹茶でしょう。

西尾は抹茶が特産品だ。だから抹茶のエスプーマというのが乗っかった、かき氷にした。エスプーマは人生初だった。てっきり抹茶のソフトクリームだと思っていたので、食べたらソフトクリームじゃなかった。なんでも抹茶とクリームみたいなものを滅茶苦茶泡立てるとこういう風になるらしい。味は「かなり抹茶」。そんなに甘くない、大人の味だった。

岡崎のかき氷街道がスタンプを8つ集めなければならないのに比べると、西尾のスタンプラリーは3つだけだ。これなら、できるかもと思わせるお手軽感はあった。

9月30日までなので、また機会をみつけて西尾に行こうかと思う。

author:1230fan, category:三河, 23:38
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大人が楽しい塩焼き体験 西尾市吉良

友達を誘って、西尾市にある吉良饗庭(きらあいば)塩の里に行った。コロナのおかげで塩田での塩づくり体験は休止中だったので、屋内で「かん水(濃い塩水)」を煮詰めて、塩を作るという事を体験してきた。1回200円。とってもリーズナブル。

屋外の塩田の紹介板

屋外に塩田、その奥に塩焼き小屋がある

歴史民俗資料館も兼ねる

この「吉良饗庭塩の里(きらあいばじおの里)」のパンフだけを見ていた時には、この体験館は真新しい施設だと思い込んでいた。だから、実際にこの建物を目にした時には驚いた。なぜなら、この施設までの道は、よく知っていた道だったからだ。魚釣りをしに吉良のワイキキビーチに行く時に通ってきた道。こんな所に、こんな施設が、いつの間に、と、びっくりした。

昔の塩田作業の時の道具

塩田作業の道具を見ながら、「砂を広げたり、かき集めたりは砂が重たい上に炎天下で暑いだろうから、とんでもない重労働だよね」と友人らと言い合った。この塩田を止めるきっかけは台風で、設備をこてんぱんにやられてしまったせいで、止めざるを得ない事になったようだった。

塩の花

お土産用の塩

自分が焼いたお塩はもちろん持ち帰る事ができるが、お土産用としても頂ける。塩角が無いまろやかなお塩だった。なんでも、塩焼きで塩の花がフツフツと沸いてきたら、少し水分があるうちに火を止めるのが饗庭塩の作り方の特徴だそうだ。最後に残る水分は、にがりで、これを紙などに染み込ませて取り去る事で塩角の少ない塩にするのだそうだ。

塩の結晶オブジェ

理科の先生をしている友達が大きな塩の結晶やオブジェに、やたらと関心を示していた。できるものなら、生徒を連れてきて、見せてやりたいと言っていた。

私の思っていた事は彼女とは、まるっきり違う。「早く自分の塩で塩むすびを作って、食べたい」だ。今は、早く塩が乾燥しないかなぁと塩の様子を見守っている。

 

 

 

author:1230fan, category:三河, 00:48
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蓮を見に愛西市へGO

行った事がない場所で蓮を見ようと思い、愛西市に向かった。愛西市はレンコンの産地であり、蓮は「愛西市の市の花」でもあるそうだ。そんな訳で、「ハス田」と呼ばれる風景を見に行った。行先は道の駅「立田ふれあいの里」。この「立田ふれあいの里」の駐車場に車を停めて、敷地の商工会議所の建物の後ろに流れる鵜戸川の向こうに広がる「森川花はす田」を見に行った。

こんな感じでカメラマンがいる

今までため池の蓮は見たことがあったが、田んぼに蓮が生えているところは初めて見た。なんというのか、ワイルドフラワーって感じで良いなぁと思う。

もわもわ

蓮の花は午前中に開花して、午後には閉じるらしい

ピンク

実は「ふれあいの里」に着いてすぐ、私は間違った方向(逆)に歩いていった。そこにも、はす田はあったし、車も1台停まっていた。だから、近づいて行ったのだが、そのはす田は近づいてよく見ると、花が全然見えなかった。「花が見えない」というので自分の間違いに気づいて私は引っ返してきた。

白い蓮

葉っぱが大きいんだ、これが。

子供の頃に見たアニメーションで森の妖精が雨除けに差していた葉っぱの傘は、蓮の葉っぱだったかなという位大きい。帰りに道の駅で特産品の「レンコン」を買っていこうと思ったら、箱に「ハウス栽培」とあった。レンコンにもハウス栽培があるとは、ちっとも知らなかったと思った。

author:1230fan, category:尾張, 00:10
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津島線に乗って甚目寺観音へ あま市

甚目寺観音の南大門が鎌倉時代のものだと知って、甚目寺観音に行ってみる事にした。電車で「庄内川」を渡り、津島に行った時と同じ名鉄津島線で「甚目寺(じもくじ)駅」に向かった。この沿線は、信長とその仲間を思い起こさせる尾張の古い町が多いのかな?と思ったりする。

 

甚目寺駅に初めて降りた。町中の小さな駅。駅から徒歩5分くらい。甚目寺観音までの町並みは昭和な感じだった。

最初に目にするのは東門。これは江戸時代の建築だった。東門の左側に目当ての南大門が見えた。「見たかったのは、これだ」と近づいてゆく。

南大門

南大門の前にあった道しるべ。「右 つしま」とある

解説

福島正則が寄進した仁王像

甚目寺観音の伽藍の配置を見ながら、荒子観音と似てるなぁと感じる。あそこは、前田利家の地元だった。ここは、福島正則の地元なのか?甚目寺駅を津島方向に1つ進んだところに「七宝(しっぽう)駅」があるが、七宝駅の近くに前田利家の妻となった「まつ」の生誕の地がある。信長チーム勢ぞろい的な場所で面白い。

甚目寺観音本堂

三重塔 (江戸時代建立)

解説

この前、志段味古墳ミュージアムに行って、古代の庄内川沿いに人が住んでいて、移動に船を使ったと知った。1400年前の地図では、この津島線辺りの場所は海の中にあったり、海に面していた場所ばかりだったように記憶している。

で、また妄想してしまうんだ。古代とか中世は、きっと水上交通の要所に人が多く集まっていたんじゃないか?って。そういう場所がきっと今でいう都会で、豊かな人が比較的多く集まったり、そういう人に近づきたい人が比較的自由に行きかっていたんじゃないのかな?って。信長とその仲間は、そういう場所に出入りした若者だからこそ、何かの刺激を受けて、自分でも何かできると思ったんじゃないのかな??なんて、色々妄想中。

 

三河出身の私の目に、国府宮とか、津島、甚目寺、荒子の雰囲気がなんとなく似ているように見えるのは、やっぱ違いの分からない三河人のせいかも知れない。もうちょっと尾張を歩き回って、違いの分かる三河人になりたいと思う。

 

 

 

author:1230fan, category:尾張, 00:16
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おかざき かき氷街道スタンプラリーに参戦

はからずも、おかざき かき氷街道スタンプラリーに参戦することになった。この頃、30度超えだったり熱帯夜だったりで、気分は、かき氷さんへGOだった。岡崎の友人を誘い、かき氷専門店に行った。すると同じ事を思う人が多いらしく、店の駐車場は一杯で、入店待ちのお客さんは私達の前に30組以上いた。名簿に名前を書いて、待ち時間に友人を近くの天恩寺へ案内する事にした。

スタンプラリー帳

去年、ここへやってきている私は知った顔でお寺を案内していたが、境内に入り、友人にお寺を指さしたところで、「あれ?」と思った。「なんか 去年と違うぞ〜」と思う。隣の友達が「屋根がピッカピカだね」と言った。室町時代のお寺の屋根の四隅が上がっていて、鶴が空に飛び立つ前に羽を広げた時の綺麗なフォルムは去年と同じだったが、確かに去年と屋根が違った。吹き替えてあったのだ。「とんでもなく綺麗じゃないか!」と思う。

2020年6月確認(天恩寺)

2019年GW頃確認(天恩寺)

2020年6月確認

2019年GW頃確認

吹き替えられていたなんて全く知らなかったので、屋根フェチの自分にはラッキーだった。しかし、暑いこと、この上なし。汗が噴き出す。天恩寺の駐車場にも「かき氷屋さん」があるので、ここでかき氷を食べることにした。かき氷が一杯、1000円以上という看板を見て、正直少し後ずさってしまったが、あの行列のかき氷屋に戻る気もすっかり失せていたので、ここで一服で良いやと腹を決めた。

ブルーベリーのかき氷

かき氷街道スタンプラリー帳は、御朱印帳のような趣向で行く先々で御朱印が貰えるようだ。期限は9月30日だそうだから、この夏の間にゆっくり回ってみようかなと思う。

 

author:1230fan, category:三河, 21:51
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志段味古墳ミュージアム 名古屋市守山

前にこの「しだみ古墳ミュージアム」を訪ねた時は、オープンして割合すぐの頃の午後の時間帯で、駐車場が一杯で諦めた。その教訓を活かし、今回はオープン時間の9時少し過ぎにやってきた。駐車場はガラ空きだった。嬉しかった。

新しい上、常設展の入場料は200円と安い

朝10時30分からの古墳見学ツアーに申し込み、それまでの間に常設展示を見た。

館内は古代人の可愛いイラストで飾られている。

この階段の下で集合したが、今日は結構人が集まり、2つのグループに分かれて、見学することになった。この階段を上がった先の扉から外に出ると、古墳がいっぱいの公園が広がっている。

案内板

私の組は、看板の右側の大久手3号墳、西大久手古墳、東大久手古墳、大久手5号墳、で最後に志段味大塚古墳を見るコースを歩いた。広々した緑豊かな公園で、古墳に興味が無くても、お弁当を広げて、のんびりするには良い公園だった。

奥、右が大塚古墳(復元古墳)

古墳の表面の石は、装飾的に埋め込まれているが、元々がこうなのだそうだ

常設展の入口を入ってすぐのところに、スイッチを押すと、壁をスクリーンにして古墳時代の志段味の営みがアニメーションで流れる。それがとても分かり易かった。ここが1400年前、どんな風に人が暮らし、古墳はどういう経緯で作られる事になったのか、また古墳群になっていく経緯もよく分かった。その隣の壁に1400年前の愛知県の絵があった。それがやっぱり興味深かった。猿投神社から出てきたとされる1300年前の地図と少し違うけれど、やっぱり海面が今より高く、海岸線が違う。

志段味古墳は庄内川近くにある。

常設展の展示品の中に、この前知多市歴史民俗博物館で見た製塩土器の軸が少し太いものを見つけた。隣に使い方を説明するイラストがあった。私はそれを見るまでは、アロマポットのような軸受兼炭入れのようなものに製塩土器を挿して、じわじわ時間をかけて、海水の水分を飛ばすのかと想像していた。だが、違った。古代人は野焼きしている地面にいくつもの製塩土器の軸をグサ、グサ、グサッと刺して、ぐわっと水分を飛ばして塩を作っていたようだ。想像していたより、ずっと合理的だ。

帰る直前に常設展示室に入った時に、二人の男性が古墳時代の頃の天皇の話をしていた「継体天皇がどうのこうの」「武烈天皇がどうとかこうとか」片耳をダンボにしながら、どこにでも詳しい人はいるもんだと感心した。

author:1230fan, category:尾張, 00:35
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額田郡幸田町 深溝(ふこうず)地区にある本光寺

梅雨入りしたのか、ともかく3日ばかり雨続き。昨日は知多半島に出かけたが、目当ての場所はコロナのせいか閉まっていた。どこが開いているのか?よく分からなかったが、用事があって、幸田町に来た。それで、「そうか、この季節なら、あのお寺に行ってみるか」と思い付き、JR三ヶ根駅の近くにある「本光寺(ほんこうじ)」に行ってみた。JR三ヶ根駅の東口に大きな立て看板があって、「椿とあじさいのお寺」だと宣伝しているのは知っていたが、単に「お花で観光客を呼び込む観光寺なんだろうなぁ」と思っていた。ところが、行ってみたら、ごめんなさいだ、とんでもなく結構由緒正しいお寺だった。

あじさいの咲く参道

徳川家康の先祖の分家筋の深溝松平家と関係のあるお寺

コロナの影響で「紫陽花祭りは中止」だと駐車場に看板が出ていたが、紫陽花の見ごろだと知っている人で駐車場はいっぱいだった。

本光寺本堂は改修中で、来年夏頃までお参りはできない。

改修中

お寺も紫陽花も想像していたより、ずっと規模が大きかった。

本堂から花園の入口

ちょっとイングリッシュガーデン風に写真を撮りました

これもそう

可愛いでしょ

正直、濃いピンク、薄ピンク、白、紫、青、さまざまな紫陽花が満開で、写真を取りまくっておりました。全部を見せられないのが残念。

このお寺を建立した深溝松平家は、家康の6代前のご先祖の松平信光の子供、松平忠定を初代とするお家。この初代によって1523年にここは建立されたんだそうだ。境内の西区画に代々のお墓があります。ホント由緒正しい感じがプンプンするお寺で、観光寺だろうと見くびっていた自分が恥ずかしかったです。

まぁ、歴史は知らなくても、ともかく、「ここの紫陽花、一度どうでしょう?」と言いたくなるような見事さです。ぜひ、ぜひ。

 

author:1230fan, category:三河, 23:40
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知多半島ではなくて、知多市の歴史

コロナの自宅待機の規制は多少緩和されたが、まだ世の中はコロナにご用心と警告してくれている。そんな中、選んだ行先は知多市歴史民俗博物館。ネット検索した時「知多半島 歴史資料館」をキーワードに検索していたので、たどり着いた先に「知多市歴史民俗博物館」とあるのを見た時には、「あれ?知多半島全体の歴史博物館にやって来たつもりだったのに、知多市の歴史博物館に自分は来たのか」とちょっと驚いてしまった

知多市歴史民俗博物館  立派だ。

知多市の博物館だ

こういうご時世で、こういう場所に来る人は、ほとんど無い。私の前に2人。私が帰る頃に1人入ってきた。入場無料。コロナの影響があり、受付で連絡先を書くよう促された。館内展示をざっと見て、受付に戻って、「写真を撮って良いですか?」と聞いたら、断られた。そうだろうなと思って、見て回っていたら、さっきお断りになった受付嬢が「人が少ないので、他の方が写真に入らないように取るなら、良いですよ」と特別にオッケーを出して下さった。ありがたい。

これは知多半島。さて知多市はどこ?

上の写真は知多半島です。その知多半島のどこに、知多市はあるでしょう?なんて質問をされたら、私は愛知県民ですが、知多市を指させません。なので、これをまじまじと見、実線で囲われた知多市を見、「ここが知多半島における知多市の位置か」と見ていた。

奈良時代に塩を献上していたそうだ。

常設展示のメインテーマは知多市の生業(なりわい)のようだ。縄文時代や弥生時代の土器展示はあった。奈良時代に都に塩を献上した記録はある。けれど、不思議と平安時代、鎌倉時代、室町時代、戦国時代、江戸時代などの展示はなかった。農閑期に出稼ぎでやった尾張万歳、漁業、知多木綿などの生業に関する展示が充実していた。特に凄いと感心したのは漁業、船の展示だ。

マンガ漁の船

金属に網をつけて海に投げ入れて、エビや魚を取る漁

昔、三河の知り合いから「マンガンに行くけど、どうだん?」と誘われた事がある。そのマンガンは船で沖の方に出て、底引き網みたいなものを海に投げ入れて魚を取るという漁だと教えられたので、たぶん、このマンガ漁の事じゃないか?と展示を見ながら思った。

そして、ついでに思った。「その時、行かんどいて、良かった」と。

行っていたら、絶対船酔いして、白目をむき出しにして倒れていたかも知れない、と展示物で分かった。

 

 

author:1230fan, category:尾張, 00:32
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運動不足解消には良い池 三好池 みよし市

コロナ対策で外出自粛が続き、体重が増えてしまった。家の周りを犬を連れずに歩くと、ちょっと変な人に見えてしまうので、「どこか気軽に歩き回れる場所は無いかな。できれば、涼しくて、今まで一度も行った事が無い場所」、「池でボート競技の練習をしているのが見れたら、涼しいわなぁ」と想像して、みよし市の三好池にやってきた。池に一番近い7番駐車場に朝8時半前に到着。結構 車が停まっていた。「こんなに人が来るんだ」と驚いた。

さて、池だ、池にボートはあるかと、池に近づくと、池に水が無い!

なんでも大地震に備えた工事らしい。令和3年の年末まで続くんだそうだ。

工事中

底が見えている池。ボートどころじゃない。

池の周りは確か4.5キロのトリムコース(トリムってどういう意味なのか不明)で、朝から、ランニングしている人が結構いた。池に水は無いけれど、私は、とりあえず歩いてみることにした。

池から見える みよしの街

最初は走る人ばかり目について、その中をテクテク歩く自分が恰好悪いと感じた。しかし、そのうちに凄い勢いで走る人、ジョギングする人、仲間と連れ立ってお喋りしながら小走りする人、私のように歩く人、反対方向からやってくる人と遭遇。それぞれ誰かに迷惑を掛けなければ、好きにやっていて良いんだなと安心した。

本当に4.5キロだとすると、私の足だと1時間30分程度はかかる。この頃、家の中くらいしか歩いていなかったので、凄い運動だ。

コースはアスファルト舗装されていて、木陰のところが結構ある。その上、トイレも所々に設置されている。かなり利用しやすいと感じた。歩いて行った先に三好池が「ため池100選に選ばれた池だ」と案内する看板を見た。うちに帰ってきてから、誰が「ため池を100選しているのか?」を調べたら、農水省だった。愛知県には、この三好池のほかに、犬山市、田原市に100選に選ばれた池があるようだ。知らんかったなぁと思う。

手前の植物はあじさい、奥左の建物はトイレ

三好池はウォーキングもランニングも楽しくできる、さすがため池100選の池だと思う。

 

 

author:1230fan, category:西三河, 09:31
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